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2013年2月

2013年2月26日 (火)

未来のミュージアム〜何なの、この涙腺を刺激する感じ

未来のミュージアム。何なんでしょう、この曲。妙に涙腺を刺激してくる。

皆さん、お久しぶりです。いつもの事ながら、気が向いた時だけの気まぐれアップデートなのに、わざわざお越しいただいて本当にありがとうございます。
本日、未来のミュージアムフラゲ日に、私は例の能代宇宙イベントの実行委員会に、会社を休んで行ってきました。家族には内緒です。あまり宇宙、宇宙と言うので、あきれるのを通り越して最近ではドン引きされているような状況で、ましてそのために会社を休んで会議に出ているなんて、とても言えたものではありません。
また、会社でも仕事中の私用電話が多すぎると注意を受ける始末で、ただの道楽では済まなくなって来ている今日この頃なのです。
なんでそんなに入れ込むのか。それは、たしか以前にも書いた気ががするのですが、私が宇宙飛行士の夢を父親に諦めさせられた、という、あまりうれしくない過去の記憶に、いまだにとらわれているからなんです。
それはアポロ11号が月面着陸を果たしたすぐあとのあたりでした。大きくなったら宇宙飛行士になりたい、という小学校2年生か3年生の私に向かって父は「宇宙飛行士になれるのはアメリカ人かソビエト人だけだ。日本人は宇宙飛行士にはなれない。」と言い放ったのです。
私は、涙でにじむ月を見ながら「ボクはあそこにはいけないんだ」と自分に言い聞かせ、そこから別の道を探すようになりました。(もっと根性のひんまがった、ひねくれた子どもだったら良かったのに!素直すぎたワタシ・・・)
しかし、宇宙へのあこがれはいつまでも頭から離れる事がなく、40代半ばでとうとう、身近に「宇宙を目指す」という人と出会ってしまったのです。そこからは、宇宙に行きたい、宇宙に行きたい、宇宙に行きたい、という心の声に逆らうことができず、自分にも何か出来る事は無いか、と模索する中で、ドリームファイターを宇宙イベントの会場でかける、という小さな小さな目標を見いだし、ついには仕事中の私用電話を注意されるまでの状況に追い込まれてしまった、という訳なんです。全く持ってお恥ずかしい限り。
そんな私に、この曲、未来のミュージアムは、どういうんでしょう、応援歌、というか、励ましの歌、というか、妙に優しいんですよ。「それでいいの、キミにもいつか出来るはずよ」と、なんか、子どもみたいに甘やかされているような気分になれるんです。
客観的に考えて、あの時代の状況の中、日本人が宇宙飛行士になんかなれるはずが無い、という父の判断は正しかったんだと思います。ただ、そこは、甘やかして欲しかった。だって、ボクは子どもだったんだから。
もちろん、50過ぎの男が甘やかして欲しい、なんて、口が裂けても言えませんが、なにかこの曲を聴いていると、子どもの頃に戻ってやり直せそうな気がしてくるのです。まるでPVのように。
ネットのどこかで「中田ヤスタカ すごすぎてよくわからない」と言っている人がいましたけど、ほんとそう思います。

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